奈津美








 冬だから屋上にやってくる人の数が減るかというと、確かにその通りなのだが、大して変わらない。
 多分それはうちの学校が特別で、他では激減するんじゃないかと。
 屋上へと続く階段を上りながら、そう思った。
 手に持っているのは今し方購買部で買ってきたパンとジュース。
 どうでもいいことかも知れないが、うちの学校の購買部というのは正に購買部であり、つまるところは部活動なのだ。要するに生徒が生徒に物を売っているのである。だから購買のオバちゃんなんて人は存在せず、代わりに購買のネェちゃんとか嬢ちゃん、果てには購買のアンちゃんとかがいるわけ。
 ちなみに今日は一年の笹本さんだった。
 男子の間では【購買のプリマドンナ】とかよくわからないあだ名で呼ばれている彼女は、そのあだ名が指し示す通りかどうかは微妙だが、小柄で可愛らしい感じだ。例えるなら――チワワあたりが適当かと。
 ……良くわからない例えだなぁ。
 階段を上りきって、重たい金属扉を開く。
 錆びているのか、やたらと嫌な音がするがそこは愛嬌だ。
 雲はそこそこだが、良く晴れていると言って間違いない天気。
 しっかりとその存在をアピールする太陽が急に目に入ってきて、ちょっと眩しかった。
 反射的に瞼を閉じるが、それも一瞬。
 すぐに辺りを見回して目当ての人物を探す。
 いた。
 向かって右側の角でフェンスを背もたれにしながら弁当を突いてる奈津美に近づく。
「少しぐらい待ってくれてもいいんじゃない?」
 ちょっと嫌みを込めた口調で。
「お前を待ってたら日が暮れるっての、なぁ倉敷?」
「別に日は暮れないと思うけど……」
 適当なことを言いながらも弁当から目を離さない奈津美に対して現実的なツッコミを入れる倉敷さん。でもそう思うなら貴女も先に食べないで少しは待っててください。
「まぁ、別にいいけどね」
 適当に腰を下ろして、買ってきたパンの包装を破る。
 今日はメロンパンとカレーパンだ。
 菓子パン大好きな私としては、すぐに売り切れてしまうメロンパンが手に入ったのはかなり嬉しい。
「真崎さんいつもカレーパン買ってるよね」
 奈津美の横でちまちまと少しずつ弁当を食べていた倉敷さんが話しかけてくる。
「こいつカレーパン好きだからな〜」
 弁当を睨みつけたままで奈津美が答える。食べるペースが倉敷さんとは全然違う。そもそも弁当箱の大きさからして倍近くあるし。
「別にカレーパンだけじゃないけど」
「他には何が好きなの?」
「何、ていうか菓子パンなら大体は好きかな」
 ジュースのパックにストローを指して吸う。冷たい。
「要するにガキなんだよ」
 奈津美が箸で私を指しながら言う。頬っぺたに米が付いてる。
「なによその言い方」
「別に。育ち盛りの女が菓子パン2個だなんて変わってるってだけだ」
「そんなことは無いと思うけどね。ま、一応言っておくと私は別に奈津美みたいに筋肉育てなきゃいけないわけじゃないし」
「言ってくれるなー」
 カチカチと箸を鳴らす奈津美を軽く鼻で笑ってやる。
 奈津美は悔しそうに「キー」とどっかの戦闘員みたいな声を出すが、本気で怒ることはない。
 なんていうか、まぁ、日常的な光景だ。つまりはいつものこと。


「もう、真崎さんもあんまりなっちゃんをからかわないで。それとなっちゃんご飯粒ついてる」
「はいはい」
 倉敷さんの言葉に頷きながら、ホンの少しだけ残っていたカレーパンを一気に飲み込む。とは言ってもパンの部分しかなかったけど。
「そういやさ、今日はなんか人が少ないよな」
「そうだね」
「こんな日もあるんじゃない?」
 話題に沿って振り返って見れば、今日は本当に人がいない。
 ちょうど対角に4人の男子がいるだけだ。
「別に寒くねーのにな」
「どっちかって言うと暖かいよね」
 確かに。
「でも気にするほどのことじゃないでしょ?」
 そういって男子達から視線を戻そうとして気が付いた。
 4人の内の3人が頻りにこちらを伺い見ている。
「そうだな」
 奈津美は気付かなかったのか、すぐにまた弁当に視線を戻す。
 倉敷さんはと思って彼女を見ると、目が合った。
 苦笑しているところを見ると気付いているらしい。
「何か用でもあるのかな?」
 メロンパンを頬張りながら倉敷さんに訊いてみた。
「多分決まった用事があるんじゃないと思うけど」
「なら何でこっち見てるのかな?」
「それは……」
 倉敷さんは言い淀んで、奈津美へと視線を向ける。
「?」
 その行為が何を意味しているのか分からずに真似て奈津美へと視線を寄せると、
「気付けバカ」
 視線こそ弁当に向かっているものの、食べるペースはいつもより遅くなっていた奈津美がため息混じりに言った。
「何が?」
 奈津美が何を言いたいのかが分からずに訊き返した。
「あのなぁ……もういいよ。いいか、あいつ等だってお前が来るまではあんなにこっちを見てなかったさ」
「はぁ……」
 要するに、
「あいつ等はお前を見てんだよ。理由ぐらい分かるだろ、星花」
 ということだ。
 理由ぐらい分かるだろ、と言われれば大体の察しは付く。
 自慢じゃないけど、私は成績だって悪くないというかむしろ良いし、運動神経だって二重丸つけられるぐらいだし、自分でも美人だと思えるレベルだし、余所行きの仮面を被っていれば人付き合いとかもそこそこで誰にでも優しい笑顔を絶やさない人だから、それなら学園のアイドルとか微妙に古臭い称号貰ってたりするわけで……ゴメン、やっぱ自慢だわ。
「ふーん、別に見る分には構わないけど」
 遠くから見られてる、てのはどうもあまり気分がよくない。
「でも意外」
「何が?」
「私は、奈津美は気付いてるなら『何見てんのよ!』とか言って文句言いに行くタイプだと思ってたんだけど」
「あ、それ私も思った」
 倉敷さんも頷く。
「いや、普段ならそうするんだけどさ……」
「普段なら?」
「あ、いや、そうじゃなくて、その……」
「?」
 なんだかよく分からないが、奈津美はどこかおかしい。
「それになっちゃん全然箸が進んでないよ」
 倉敷さんが心配そうな声で「どこか悪いの?」と尋ねる。
 何なんだか。
 男子達の方へと目をやると、慌てて三人は視線を逸らす。
 残りの一人は――
「あ」
 先ほどからずっと悩むように俯いている最後の男子。
 他の三人と違ってこちらを見向きもしていなかったのだが、
「どうしたの?」
「え、あ、ほら。さっきからずっと下見てる奴いるじゃん。あいつが持ってるの……」
 そう言って、つい指差してしまった。
「何?あれ」
「さっき購買で見つけたんだけど、確か……からくり弁当箱」
「……なにそれ?」
 あー、倉敷さん明らかに困った顔してる。
「からくり箱ってあるよね?ほら、あの決まった手順でしか開かないってやつ。それを使った弁当らしいんだけど……」
 まさか買ってる奴がいるとは。1個1500円もするのに信じられない。
「えーと、それだけ?」
「あ、うん。それだけ」
「ならそろそろ指差すの止めた方がいいんじゃ……」
「え?あ」
 しまった。と思ったときには時既に遅しとでも言うべきか、覗き見ってレベルじゃなく皆さん完全にこちらを凝視しなさってる。しかも今度はからくり弁当君もだ。て、
「あ」
 差した指を戻すのを忘れて、もう一度声が漏れた。
「今度は何?」
 ちょっと苦笑混じりな倉敷さん。
「あ、いやね、そのからくり弁当箱を持ってる男子に見覚えがあったもんで」
 おずおずと指差すのを止めて、男子4人に背を向ける。
 倉敷さんはやっぱり苦笑したままだっ――
「どこでーーー!?」
 たのにはら?
「どこで見たの星花!」
 奈津美が顔を真っ赤にしながら掴み掛かってきた。
 ああ、なんだそういうことか。
「ど こ で!?」
 とりあえず分かり易すぎる反応だぞ、奈津美。倉敷さんも目を丸くしながらも納得しているようだ。
「なっちゃん、落ち着いて」
「慌てなくても教えるから」
 奈津美は落ち着いて――ないけどとりあえず手を離して深呼吸をしている。
 顔赤すぎです奈津美さん。
「なるほどねーへー、あの奈津美がねぇ」
「な、何だっていいだろ」
「ふーん、まあいいよ」
 こうなんて言うか、奈津美の意外な一面が見れて面白い。
「見覚えって言っても大したことじゃなくて、駅とか電車で何回か見たことあるって程度。あとは――」
 昨日、目が合ったことぐらいだろう。でもそれは他と大差ない。
「それぐらいかな」
「全然知ってないじゃん」
 気落ちしたような表情。
「だから見覚えって言ったのよ。知ってたら普通に教えてあげるって」
 なんだ、とため息のように吐いてからもそもそと弁当を食べ始める。
 やはりいつものようなスピードはない。
 私もメロンパンをかじる。
 ふとからくり弁当君に視線を向けると、また食い入るように弁当箱を眺めていた。
 奈津美の様子では、彼が誰なのか詳しく知らないのだろう。私も倉敷さんも知らない。別に何だっていいし、知りたいとも思わない。
 でも――やけに印象に残る。
 目が合ったのは昨日が初めてだけど、それ以前から何となくその存在には気付いていた。
 本来ならただのその他大勢に過ぎないのに、まるで昔から知っているかのように、その姿が目についた。
 一応、思い起こしてはみるものの、知らない顔だった。
 忘れているという可能性もあるが、それだと何も引っかからないだろう。
 結局何だか分からずに、ただ存在感があるのだろうとしてきたが、それにしては――
 幾らか眺めていて、その視線に気づいたのか、彼が再び面をあげて――目が合うと同時に強制的に思考の綱が叩き斬られた。



「…………!」
 一瞬、ホンの一瞬だけど、意識が途切れ、視界が暗転紅く染まる。
 まるで何か別のモノが自分の中に入ってきたような感覚。
 一秒にも満たない時間だっただろう、なのに、なのに、なによりも気持ち悪い。
 他の人間なら目眩がしたという程度にしか思わないだろう、でも、


「――――!」
 まただ、何かが私の意識に介入してる。
 全身の血が沸き立つような熱を体の芯に感じて、頭蓋は既に砕かれて無いんじゃないかと疑うぐらいに痛む。
「星花?おい星花、どうした!?」
 奈津美の声が聞こえる。
 はっきりと何を言っているのか聞こえるのに、まるで伝わってこない。
 倉敷さんも何か言っている。
 ダメだ。分からない。
 聞こえるのに理解できない奇妙な感覚。
 ――警告。
 直感的に、何かが告げる。
 ――警告。
 分かってる。
 ――警告。
 体内で鳴り響く鐘の音がやたらと大きい。
「顔色が悪いよ、大丈夫?」
 この声は……倉敷さんか。何を言っているのか分からないけど心配してくれているのだろう。
「大丈夫、ちょっと気分悪くなったから、保健室行ってくる」
 そう言って、付いて来ようとする二人を制して、屋上を後にする。
 保健室などに行く気はない。行ったところで意味もないだろうし。
 何度も途切れる意識を何とか繋ぎ合わせて、身体を前に進める。
 視界が染まる度に映し出される、そう感じる文字列。
 ――警告。
 ――警告。
 ――警告する。
 ――ア■■■■■■な■。既■■でな■■■■■ノ■■危■■■■、■■。■■■体■■■■全■■■■■■■■。■物■■す■モ■■■■を飲■■■■■。■■姿■■■悪■。■レ■■在す■■■■■変■ら■■■■せ■■■命■■■■よ■■■■殻■■破■し■■あ■■■■■■■■。■■■■■モノ。■■■■■■■■。壊■■■■、■■■人■■■■■い■■■■■■れて■■■■■破■■ろ。■■■■定■■■■■■■捻■■■ら■、飲■■■■■■■。危険■■■、■■、破■■■、危■■■■■■、■■■警告、■■、警告■■■■■■■こ■以上■■■■い■干■さ■■。■■■■る■■■■切り■■■警■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――






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